呼吸を忘れた魚のように あなたに 溺れる
■ 溺れる人魚姫
この人の過去に触れる話だと判断したため、私と兄さんと (漢字で書くなら )と名乗った人は司令室に入って人払いをかける。
科学班から長机を一つ拝借し、椅子の前に置くと、その上にコーヒーを二つ乗せた。
ありがとう、と言うように軽く会釈する さんを見て、私は、とても礼儀正しい人だと思った。
そして、そのまま司令室を出ようとすると、兄さんに呼び止められる。
「後でラビくんを呼んでもらうかもしれないから、一応部屋の外で待機しておいてくれる?」
今頃、中で調書をとっているんだろうか、『出身』、『年齢』などの単語が微かに室外にこぼれてくる。
あの人は筆談でしか話せないから、聞こえてくる話し声は当然兄さんの声だけ。
相手が話せない、という事以外は(つまり、兄さんの声だけ)まるで世間話のように穏やかに会話は進んでいく。
兄さんが調書を取っているという事は、まだ上層部からのあの人の対処に関する命令が下っていないという事だ。
そうでなければ教団の内部に足を踏み入れた瞬間に大元帥の元へ問答無用で直行(寧ろ連行)だろう。
それが無いという事は、今の所 さんが兄さんの保護下にあるという事を意味する。
その声音を聞いて、ホッと安堵の息をついた。
私のために教団に入ってくれた兄さんには言えないけれど、本当を言うと『室長』の顔をした兄さんはあまり好きではない。
それは世界のために、教団のために駒として、時に感情さえも殺してしまう事を余儀なくされる地位。
だから私は傍にいるんだ。
兄さんが自分を見失わないように。
駒としての重責に苛まれないように ――――――
自分の『 世 界 』を維持したいが為に、私は ――――――――――
司令室の外の壁に寄りかかりながら、ぼんやりとそんな事を考えていた。
「えぇ!?」
兄さんの一際大きな声が響き、ハッと私は我に返る。
「リナリー、入ってきてくれるかい?」
間を置かずに呼ばれて、私は再び司令室に足を踏み入れた。
聞く所によると、 さん(日本人なので、こっち風に言うと・さん)は、れっきとした女性らしい。
兄さんづてに聞かされた事実に、流石に私の目も丸くなる。
まあ、確かに性別は二つしか存在しないけど・・・(ジェリーさん除く)
それでも、女性が仮面を付けるだなんてとても珍しくて、私は面食らってしまった。
「だめだよ〜、女性が可愛さも色気もないような仮面をつけるなんて〜。
もったいないな〜」
と、横で兄さんがぶつくさ言っている。
「リナリーにきてもらったのは、くんに付いていて貰おうと思ったからだよ。
男性だったらラビくんに頼もうと思ったんだけどね」
さっきラビを呼ぶかもしれない、と言ったのはこの事か、と納得する。
「で、リナリーに頼むに当たって、君の仮面について話してもらいたいんだ。
嫌なら・・・別に無理強いはしない。
決めて、くれないか」
彼女は少し逡巡した後、コクリと肯定の意を示した。
【この仮面は、隠すための物なんです。
カズサは大事な友人でした。
<製造者>はそれが分かっていたんでしょう、頻繁に私に接触してきました。
『私の手を取れば、彼女は蘇る』と、何度も繰り返しました】
「失礼だけど、カズサくんからアクマの話は・・・?」
【聞いています。
カズサがファインダーであるという事も、ここ、黒の教団の存在も。
でも、私は何も知らなかったんです。
大切だからこそ、苦しいという事すら分からなかったんです。
残される者の悲しみも、戦う者の痛みも、こうしてカズサを失うまで何も知らなかった・・・
私は、製造者の話を、その度に断りました。
でも、後で思うんです。
それで自分は後悔しないのか、と。
再び製造者が現れる度に、ホッとする自分がいるんです。
『あぁ、まだカズサが生き返るチャンスがあるのだ』と。
そんな風に考えてしまう自分を恐ろしく思いながら、カズサの言っていた事を思い出すんです。
無理矢理眠りから起こされ、アクマとして蘇った歪んだ存在が最初に犯す最大の罪 ――――― それが自分を思ってくれた人を殺してしまう事だと。
嫌悪して、断って、後悔して・・・それを何度も繰り返すうちに、何が現実なのか、何処までが夢なのか・・・・・“自分”という境界線すら分からなくなって・・眠る事が怖くなってしまってしまった。
今の私の顔は、とても酷い物です。
不眠と泣き果てたせいで顔はやつれ、隈も酷い。
食事も殆ど摂らないので、身体つきもお年寄りのよう。
声だって・・・カズサを亡くしたショックで出なくなったものではないんです。
<製造者>の誘惑に傾きかけた自分が怖ろしくて・・・自分が自分でないようで・・・泣き叫ぶ事でしか自我を保っていられない ――――― “発狂寸前”そんな中で、いつの間にか出なくなってしまったんです。
こんな姿、見た人に不快感を与えてしまうでしょう。
だから、私は隠すんです】
あぁ、なんて彼女は優しくて、哀しくて、そして臆病な人なんだろう ――――――
私は、溢れてきそうになる涙を、必死にこらえた。
「辛い事をよく話してくれたね。
でも、ここ、黒の教団に入ったからには大丈夫だよ。
千年伯爵もおいそれと手は出せないから。
リナリーにも任務が入る時があるとは思うけど、決してキミが独りになる事は無い。
キミはゆっくりと養生してくれればいいんだ。
そうすれば、きっとキミの調子も良くなる。
キミの仮面を、キミ自身が外す日もそう遠くはないはずだよ」
そういって笑う兄さんの言葉に、彼女はぎこちなく頷く。
なぜだろう ――――――― 私は、そんなあなたの様子に、違和感を覚えたの。
あなた自身が、自ら仮面を外した時にはもう全てが手遅れで
あなたはもう遠い存在で
私達の声なんか届かなくなってしまうんじゃないか
――――― 何の根拠もないのに、ただ、漠然とした不安を抱えた
人目に触れる事が好きではないという理由で、彼女はあまり部屋を出たがらない。
でも、彼女は怯えているんじゃないかと私は思う。
だから私は食事を運んだり、身の回りの事など、できるだけ接触を持とうと力を尽くした。
時には、教団内の探索や、中庭に散歩に連れ出したりもした。
ここにあなたに害を加える人はいないんだと、あなたの周りには光が、色が溢れているんだと、そう知って欲しかった。
それから1ヶ月。
部屋に食事を運んできた私に、彼女はメモ帳に【ありがとう】と書く。
いつも運んでいるのだから、一度書いたメモを再び見せれば済む話なのに、彼女は毎回律儀にお礼を書く。
一緒に食事を摂ってもいいか、と聞くと、彼女は頷く。
人がいるという事で、彼女は仮面を外すことはないが、食事の邪魔になるので仮面を少しずらす。
その様子に、自分は拒絶されていないのだと、少しの優越感を覚える。
ほとんど食べていなかった状態から、急に食べれるようになるはずもなく、彼女の食事の量はまだ私が食べる量の半分以下でしかない。
でも、ずらした仮面の下の顎から頬にかけてのラインが、以前より少々の丸みを帯びてきた。
こんな些細な事でも気付くほどの近くにいるのは私だけだ ―――――
仮面の下の素顔が垣間見えるのも、彼女の優しさや律儀さを知っているのも ―――――
探索したり、散歩に出かけたりできるのも私だけ ―――――
何より、一番の変化は ―――――
「それで、さんは・・・・・」
私が名前で呼んでもいいかと尋ねたら、彼女はそれを拒まなかった事。
今、彼女の一番近くにいるのは自分だと、そんな錯覚に溺れそうになる ――――――――
―― あとがき ――――――
きみの〜す〜が〜た〜は〜僕に〜に〜て〜い〜る〜♪(阿呆)
この辺りのネタは今回の話と次回の話に少々リンクしているので、省かせていただきます。
で、この辺りから本編に入る前にちょこちょこネタバレしながら個人編を入れていこうかな、と。
今の所考えているのはリナリー(今回)、ラビ、アレン辺り(あれ、神田は?/ネタが浮かばないんだよチクショー!泣)
というのも、本編が超ドシリアスの予定なので、少々息抜きを考えていた次第であります、サー!(誰)
いやそんなリナリーさんに懐かれてみたい願望の表れだなんてそんな・・・考えてました、御免なさいm(_ _"m)
今回リナリーが示唆しているように、ヒロインにはまだまだ隠している本音が山の如し。
叩けば叩く程出て来るぞ〜。
それこそ未だに片付けられない私の部屋の漫画本や同人誌の様に(おいおいお〜い!)
・・・連載終わるまでに全部書き切れるかな・・・・・・・・・・・(書いてるの自分!!)
up:2007.8.19