そして私たちは 再び出会う














 ■再開の日















 「え・・・今なんて・・・・・?」
 
 
 「だーかーらー、ちゃんが帰国するのよ。
  でも環は一緒に帰れないからちゃんだけ家で預かる事になったの」



 突如として聞かされた従妹の帰国の報せに、僕は持っていたティーカップを落としそうになる。

 母さんが苛立ち紛れに振り回すティーポットを危ないな、とは思いつつも、今の僕はそれを止める事さえ思い付かなかった。








 『、だと・・・・・・?』
 
 体の中でもう一人の僕、【ダーク】が問い掛けながら僕の記憶の中の資料を漁っているのがわかる。

 最初の内は得体の知れない感覚に嫌悪感を示していた僕だったが、今ではそんなに気にならなくなってしまっていた。

 それはダークの探し方が慣れてきたのか、それとも僕の方がその感覚に慣れてしまったのか・・・

 どちらにしても、慣れって恐ろしい
――――― そう感じずにはいられない14歳。
 







 それにしても・・・ダークはこうやって僕の記憶は探れるのに、僕はダークの記憶には触れる事も、届く事さえ出来ない感じがする。

 “共有”とか言ってる割には何かと不平等だ・・・・・・と、不意に頭がペシペシと叩かれる感触がする。

 
 『ま、それだけ俺が長く生きて人生経験が豊富という事だな。
  俺の記憶や深い思考を判ろうなんざ百年程度じゃ・・・と、これか』



 ダークの声と共にちゃんの姿が脳内に写し出される。

 とは言っても最後に会ったのは・・・5年も前だからもちろんその頃の姿のままである。






 本名、

 母さんの双子の妹、環さん(伯母さんと言ったら怒られる)の娘で、所謂従妹にあたる。

 “従妹”に妹が付くと言ったって僕の誕生日が数ヶ月早かっただけの同い年の子だけど。

 僕が紅い髪なのに対してちゃんの髪は濃紺。

 寧ろダークの髪に近いかもしれない。

 昔はよく対照的だと言われたものだ。





 「懐かしいな・・・・・」
















 
 『ああ、本当にな・・・・・』




 「・・ダーク・・・・・・?」




 僕が問い掛ける前にダークは中に引っ込んでしまったから何も聞けなかったけど・・・

 一瞬だけ見えた優しげな表情。

 ダークが覚醒してから初めて見るその顔に、僕はそれ以上踏み込んではいけない気がしていた。
















 5年ぶりに再会した従妹は
――――― 随分と印象が変わってしまっていた。
 
 昔はよくヒヨコの様に僕の後を着いてきて、怪我を作っては泣いて・・・笑うと可愛いのに人一倍人見知りが激しくて、泣き虫で・・・・・・

 なのに今僕の目の前にいる彼女は
――――― 昔の様子は也を潜め、立派な、しっかりとした女の子になっていた。

 女の子の方が成長は早いって言うけど・・・僕は一人取り残された気分になる。















 昔の僕等はいつも一緒だったのに・・・










 後ろにいた彼女は、何時の間に先を歩くようになったのだろう
















 「大助君?」


 「え・・・あ・・ゴ、ゴメン、何?」



 慌てて俯いていた顔を上げると心配そうにこちらを覗き込もうとしていたちゃんの目とかち合った。

 優しい色を讃えるその目に、僕はほっとする。





   大丈夫だ
 


   ちゃんは



   変わってない
















 小さい頃、訳が分からないままにやらされていた怪盗の修業。

 何でこんな事しなきゃならないんだろう
――――― そんな思いに駆られ、何度挫けそうになっただろう、やめてしまいそうになっただろう。





 誰にも言える事ではない
―――





 子供心にそれが分かっていた僕ができるささやかな抵抗は、修行を放棄して逃走する事位だった。

 行き先は、本当にその時その時に適当に思いついた場所だった。

 小さな子供が行ける範囲なんて高が知れている。

 しかし、その分隠れるスペースや行動の内容は本当に突拍子も無い程、無限大に膨らむのだ。

 けれど、僕がどこに逃げても、どこに隠れても、どこで泣いていても、ちゃんは必ず見つけてくれた。

 



 『やめたい』



 『普通の子の様に遊びたい』








 泣きながらそう繰り返し続ける僕に、彼女は傍で黙って聞いて居てくれた。

 そしてあの優しい目で言うのだ。





 『大丈夫、大助君なら出来るよ。 がんばれ』 と。





 理屈じゃない。

 大人が使う小難しい説教染みた言葉なんかじゃない、只、只単純な、余りにも幼すぎるストレートな飾り気のない言葉。

 でも、あの時の言葉があったからこそ、今の僕とダークが居るのだ。















 
―――― と、いけない いけない。



 ついつい過去にトリップしそうになる自分を叱咤し、目の前の彼女に視線を戻す。


 「でも、急な帰国の話でびっくりしたよ」



 僕の言葉にちゃんは微かに苦笑を浮かべると、おもむろに口を開いた。


 「あ〜・・・実は大助君の14歳の誕生日を無事に見届けたら帰国、そう決まってたから」


 「え・・誕生日を見届けたらって、アメリカからどうやって・・・・・?」



 ちゃんがアメリカに行ってから5年、誕生日は毎年あったにも関わらず14歳と限定していて、しかもそれが遠く離れたアメリカでも確実に確認できる事
―――――


 








 ―――――――――――― まさか











 ある一つの予感が脳裏を掠める。








 僕がダークに変身するようになってからというもの、日渡君との事も色々あって、ここ最近こんな勘が働いて仕方ない。

 いや、別にちゃんも丹羽の血縁なんだから僕とダークの関連性を知っていても全然おかしくない事だし、何も問題は無いはずなんだけど・・・・・なんでだろう ザワザワと胸が騒ぐ。









 「ちゃんの帰国の表向きの理由は、日本での高校進学の為。
  でも本当の理由は・・・大助とダークに関係している事なの」











 母さんは何を、何を言おうとしている ―――――――――

 





 カタカタとティーカップを持つ手が震える。









 
   それは歓喜か



   不安か



   恐怖か




















 言い知れない感情が自分の奥底から沸き起こる。

 それ以前に震えているのは僕なのか、ダークなのか
――――― それすら分からない。






 爺ちゃんが母さんの言葉を繋ぐようにして、ゆっくりと口を開いた。

















 「・・大助と同じようにもまた、丹羽家のDNA・・・・・宿命の遺伝子を持つ者
――――――


















 カシャン
――――――――――――





 手からカップが滑り落ちる。

 まだ中身の入っていたそれはカーペットに染み込み、更にゆっくりと周りを浸食していく。

 そして僕はその様子を
―――――― 只、他人事のように眺めている事しかできなかった。















 
――― あとがき ―――――――

 え〜、あとがきを書く前にですね、先に謝っておきます。

 大助君とダークの記憶のやりとりの辺り、完璧捏造です!
 ゴメンナサイ!

 いや、そうだったら面白いな〜と思っただけの勢いで書いた物なので、信じないように。
 膨大な資料を漁る大怪盗というもの面白いかな〜と思いついた事からこのネタは生まれてたりします(苦笑)
 そしてまたオリジナルキャラ、環(たまき)さん。
 一応ヒロインの母親です。
 滅多に出てくることは無いと思うので、変換は無しの方向で。

 大助君にとって、ダークは超えられない壁であって欲しいという事を意識してやり取りを書いてみました。
 ちなみに、今回の前振りは、大助君との再会だけでなく、ダークも関わっていたりしますが、まあその辺はおいおい書いていきたいと思います。
 キーワードは、爺ちゃんの最後のセリフ。(バレバレ?)
 それにしても、今回横棒線多いな・・・反省。

 up:2006.7.17